ワールドメイトの予言が変わることがあるのはなんで?

そもそも良くない予言は当たらないほうがいい

 

ワールドメイトでは、予言がピタリ当たるのはめずらしくない。

 

でも、そもそも、良くない予言は、当たらないほうがいいんだ。

 

悪い予言は良くなってほしいし、良い予言もいっそうよくなれば良い。

 

良くない予言が出ると、ワールドメイトではなんとか弭化されるよう、神事で祈願するんだよ。

 

 

神様がなさることは、全て、深い神慮があって、予言も例外ではない。

 

「ご神示(予言)が降りたから、その方向性に向かって、努力する。しかし、最後の最後に、仕組の神の菊理姫様の一厘のどんでん返しで、予想外のことが起こっちゃった。でも、結果として一番良かったな。」

 

こういう人智を越えた神仕組をされるのが菊理姫様なんだ。

 

たとえば、伊勢の神様の予言も、諏訪大神の予言もだいたいの方向性はあっているけれども、最後の一厘は、すの神様や菊理姫様しかわからないというものなんだ。

 

 

たとえば、「▲日に証券会社がつぶれて、金融危機が起きるけれども、結果として、新しい資本主義が生まれるから安心して良い」なんて具体的過ぎる予言が出るとする。

 

そうすると、「証券会社の株を売ろうか」とか、「金融危機が起きても、どうせ最後は大丈夫だから気楽に行こうよ」とか、思ってしまうよね。

 

そんなことになったら、「新しい資本主義」なんて生まれないかもしれないし、せっかくのシナリオがおじゃんになってしまうんだ。

 

 

だから、いろいろな神様からご神示(予言)が降りても、それは、その神様の視点で、だいたいの方向性を示しているにすぎないんだ。

 

 

要するに、予言とは、最終的には、もっと次元の高い神仕組の神様が判断されて、どうなるかわからないもの。

 

だから、あらゆる予言は、100%とは言えない。

 

 

神は今の今までいわんぞよ

 

それを出口直は、お筆先「神は今の今まで言わんぞよ」と言っている。

 

その予言がどういう意味があったのかは、後から振り返ってみないとわからないということ。

 

 

予言とは、だいたいの方向性が出されるもので、人間はその予言に向かって、謙虚に努力するしかない。

 

ただし、予言にどういう意味があったのかとかいう理屈は、全てが終わってからでないと、よくわからないものなんだね。

 

 

そういうスケールの大きな、人智をはるかに越えている神仕組が降りているのがワールドメイトなんだということなんだよね。